鈴木昇氏、ご講演の報告です(付、巴水の会、今後の予定)

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12月1日(木)、午後0時40分~午後2時10分まで、茨城キリスト教大学11号館11202教室で、鈴木昇氏(巴水の会顧問、国際新版画協会長)のご講演があり、その後、いつものように巴水の会が同じ11号館の談話室にて行われました。

鈴木さんの講演タイトルは「私と巴水、あなたと巴水」、テーマは「巴水の生きた時代、今を生きる私たち、同じ激動の時代をどう乗り切るか、日本人の感性、生き方を考える。」でした。

鈴木さんの話はいつも分かり易く、明確な視点、とくに現代に生きる我々が巴水をどう捉えたら良いのか、をお持ちですので、聴いていた学生にも巴水の何たるかが的確に伝わったのではないかと思います。今日の鈴木さんは、巴水の活躍した時代と現代がパラレルではないかという点を強調されていましたが、私も全く同感です。たとえば大正~昭和初期と、昭和後期~平成には、

大正デモクラシーとバブル(崩壊)  :戦後デモクラシーとバブル(崩壊)
関東大震災             :東日本大震災
対中国としての東南アジアへの侵略  :対中国としての東南アジアへの進出
海外派兵とナショナリズム      :自衛隊派遣とナショナリズム

という奇妙な符合があります。懸念されるのは、戦前のナショナリズムが第二次世界大戦に結び付いたように、現在のナショナリズムが何らかの戦争に結び付くことです。いま、そういう意味で最も危険なのは、北朝鮮と韓国ですね。北朝鮮だけならいざ知らず、韓国も不安定な状況に陥りつつあります。もちろん、今すぐに何かが起こることはないと思いますが、徐々に朝鮮半島が混沌とした様相を呈すとなると、中国・ロシア・日本がそこに介在する可能性が生まれて来ます(アメリカは手を引くでしょう)。それは戦前と全く同じ構造です。

いささか、話が版画や芸術から逸れてしまいましたが、戦前の版画や芸術の運動に欠落していたのは、アジア、特に東アジアの視点だと思います。戦前、それらの芸術は欧米の方に向き過ぎました。もっと中国や韓国に目を向けてみる必要があります。

先日、中国の北京に学会で行って来ましたが、北京には日本人観光客がほとんど居ませんでした。羽田からのフライトも空席が多く、また乗客の多くはビジネスマンでした。また、九州に住む友人が福岡から北京に飛ぼうとしたところ、福岡→北京の直行便が一本もなく、青島経由、大連経由しかなかったということでした。しかも青島・大連からは国内便たったそうです。

Pm2.5の問題もあるかも知れませんが、中国の日本での不人気、これは大きな問題だと思います。日中交流がどんどん遠のいて、相互無関心が横行しつつあるように思います。こうした無関心を芸術や文学で揺り動かすことが、いまとても大事で求められているように思います。一度、北京で巴水展をやったら良いのではないかと、これは真実にそう思います。

さて、鈴木さんの話に触発されて自分の話に終始してしまいました。

これからの巴水の会の日程(予定)ですが、今日の巴水の会で話合いました。
その結果、

1月18日(水)午後6時より 新年会(水木か河原子の旅館にて)
4月22日(土)牛堀・潮来探索
7月22日(土)茨城キリスト教学園70周年記念事業、巴水講演会

を行うことを決めました。
あと来年中には五霞町(渡邊庄三郎生家)を訪れてみたいと考えています。

なお、写真は巴水作「桃浦」(初刷り)です。
会員の澁谷さんが茨城キリスト教大学に寄贈してくださったものです。
ありがとうございました。





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