新年会、盛り上がりました。

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巴水の会の新年会が、18日の夕刻、日立市のはぎや旅館(あの巴水の名作「水木の曇り日」のすぐそばです)で行われました。

今年は、7月22日(土)の巴水講演会と展示会他、多くの行事が予定されていますので、それにむけて大いに気勢を上げました。

今回、出席できなかった方も含めて、新しい方、とくに若手を巻き込んで行ければと思います。
(ちなみに、今回、新メンバーとして茨城キリスト教大学の職員、藤田嘉瑞さんが新戦力として加わりました!)

以下に、その新年会の写真を載せます。

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最初に載せた写真は、はぎや旅館のすぐ近くにある「津神社」です。宴会の次の日の朝、散策していて見つけました。後で、はぎや旅館のご主人、萩庭さんにお聞きしたところ、この一帯は昔多くの村があって、それぞれに神社があったとのことでした。

いま、水木町は閑静な海の見える住宅地となりましたが、昔の写真等を見ますと、ここは多くの旅館があり、夏には関東全土から海水浴その他で、春や秋には様々なお祭りや行事で、多くの人が集まった賑やかな、まさに都市だったことが分かります。

そのお祭りの一つに、あの金砂郷とこの水木浜を往復する祭礼(金砂郷大祭礼として有名)があったわけですが、金砂郷と水木と言えば、巴水がこの近辺で遺している作品が丁度「金郷村」と「水木の曇り日」です。

何気なく、巴水がこの二地点を取り上げたように思われますが、そうではないのですね。金郷(金砂郷)から水木は祭礼ロードで結ばれていたわけです。その祭礼ロードの出発点(金郷)と折り返し点(水木)がこの二点だったわけです。

加えて、この祭礼が豊作を願ってのものだったことも重要かも知れません。というのは、巴水の「金郷村」はたわわに実った米が「おだがけ」「はさがけ」(稲木)されている、まさに豊作の世界だからです。巴水がこの祭礼の意味を知っていたのなら、その地元の農民の方々の願いを絵に込めたと考えても良いように思います。

巴水の世界は調べれば調べるほど、新しい発見があり、興味が尽きません。





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