『版画家川瀬巴水・朝鮮への旅』を読む

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畑山康幸氏の『版画家川瀬巴水・朝鮮への旅』(レインボー出版、2017年)が出版されました。

現在私は、自身のブログ(染谷研究室)とこの巴水の会のブログの二本立てでブログを書いています。その両方を見ていただいている方はすぐに分かると思いますが、私の現在の主たる興味は、文学で言えば朝鮮文学、文化で言えば浮世絵・新版画です。よって、その両方が交錯する巴水の朝鮮旅行やそこで作成された作品には特別な興味があります。

そんな中で、昨今畑山氏の如上のご本を拝読して、大いに勉強になり、また刺激になりました。

まず今回のご本が大変優れているのは、単なる巴水作品の鑑賞や批評ではなく、綿密に巴水の旅程・日程(巴水は1939年と40年の二度朝鮮に渡っています)や作品(朝鮮八景や続朝鮮風景があります)の制作過程を追っている点です。圧巻は、その過程で、巴水研究の中心とされてきた渡辺規編・楢崎宗重解説『川瀬巴水木版画集』(毎日新聞社、1979年)の中の誤りを指摘し、未詳の部分を補った点でしょう。

たとえば畑山氏によれば、従来の巴水の朝鮮探訪について『京城日報』が参照されていなかったとのことですが、『京城日報』は日本統治時代の朝鮮の記録を知るための第一級の資料ですから、これが事実とすれば驚きなのですが、こうした重要な資料を踏まえて畑山氏は巴水の朝鮮の旅を丁寧に辿っておられます。

面白いのは、そこから浮かび上がってくる巴水の姿が、他の朝鮮旅行に同行された画伯といささか違っている点ですね。巴水はその性格にもよるのでしょうが、他の画伯たちが朝鮮旅行でかなり興奮気味なのに対して、巴水は冷静と言いますか、いつもの絵師として眼でもって、見るべきものを見ると言いますか、とにかくそのような絵師然とした姿勢が垣間見えるところです。それは作品そのものの印象とも重なります。

また、本書のもう一つの圧巻は「京城慶会楼」の分析でしょう。詳しくはお読みいただければと思いますが、これは韓国へ何度も行っておられ、また彼の地での芸術や版画について種々研究を重ねておられる畑山氏ならではの考察に満ちています。この版画に込められた巴水の「演出」を畑山氏は読み解いて居られますが、それは至当のことのように思われます。

今回、このご本を通じて、巴水と朝鮮について私も種々考えをめぐらすことが出来ましたが、巴水と朝鮮について最も大事な問題は、巴水にとって朝鮮体験とはどのような意味を持ったのか、でしょう。畑山氏も文中で触れていますが、昭和十年以後、いささかスランプに陥っていた巴水が、この朝鮮体験を経由することによって、息を吹き返すことは如上の楢崎氏をはじめ多くの評があるところです。

ただ、ではその朝鮮の何が巴水を復活させ、それが具体的にどのように作品制作に影響を与えたのか、については今まであまり語られて来てはおりません。しかし、ここを明瞭に或いは豊かに叙述しておきませんと、下手をすると、巴水の朝鮮体感は単なる気分転換だった、に終わりかねません。

そこがはっきりしないからでしょう。前回にご紹介した林望氏の『巴水の日本憧憬』では、巴水の朝鮮体験やそこからの作品は、その土地の生活に即していない分、巴水らしさが見られないと述べて居られます。

私はそう断定してしまうのはちょっと早いと思いますが、では朝鮮八景や続朝鮮風景の版画から、巴水らしさをどう導き出してくるのかは、とても重要な視点だと思います。ちなみに私は「朝鮮智異山泉隠寺」などの版画には朝鮮の生活臭が強く感じられます。そこに、巴水らしい嗅覚とそこからの情報収集、そして表現があると思われてなりません。

今回の畑山氏のご本にも、その点はあまり深く書かれていなかったので、今後ぜひ何処かにお書きになられて、ご教示いただきたいと思った次第です。

なお、今回のご本は、手に取り易さを考えてのことかと思いますが、64頁ほどの長さに、種々の考察と版画の写真と図版等を、丁寧に分かり易く差し込まれましたが、いずれは朝鮮八景や続朝鮮風景等の版画や資料全てを大きく取り込んでの画文集として出版されることを強く希望いたします。その価値は十分にあるご研究と拝察いたした次第です。さらに出来れば、日韓両国で出版されれば素敵ですね。



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