茨城キリスト教学園創立70周年記念 川瀬巴水展のご報告

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(川瀬巴水筆、水彩画「茨城キリスト教学園の秋」昭和28年、茨城キリスト教大学図書館蔵)

学園から「川瀬巴水展」の報告を求められて、書いたのが以下の文章です。スペースの関係で少し短くして大学のHPに公開するということなので、こちらでは全文を載せておきたいと思います。

学園70周年記念「川瀬巴水展」「講演会・鑑定大会」をふりかえって

大学・文学部教授 染谷智幸

 学園70周年を記念する「川瀬巴水展」(7月21日[金]・22日[土])と「講演会・鑑定大会」(7月22日[土])が盛況のうちに幕を閉じた。酷暑の中、学園まで足をお運びいただいた方にまずもってお礼を申し述べたい。また、講演をお引受けいただいた渡邊章一郎氏、鑑定大会のコーディネイター・司会をお引受けいただいた鈴木昇氏、並びに二日にわたるボランティアにお力添えをいただいた「巴水の会」の皆さん、そして学園関係者の皆さんに心よりお礼を申し述べたい。
 来場者数は、企画調査室の集計によれば、

 7月21日(金)川瀬巴水展来場者数:105名
 7月22日(土)川瀬巴水イベント総来場者数:243名(うち、2階川瀬巴水展来場者数:239名)
 2日間の総来場者数:348名

ということであった。一年中で最も暑い時期であることを考えれば、上々の入りではなかったかと思う。
 それにしても、今回、渡邊章一郎氏のお話を初めて聞かせていただいたが、実に分かり易く、かつ含蓄に富むお話であった。渡邊木版美術画舗を先代より受け継いで30年、巴水を始めとする新版画や浮世絵と長年向き合って来られた、その経験が話の節々に滲み出るかのようであった。このようなお話を聞くことが出来ただけで、今回の企画は十分以上の価値があったと思う。

 また、鑑定大会も極めて面白いものであった。普通、テレビの鑑定大会だと値段ばかりが気になってしまうところだが、今回はそうしたことよりも一つ一つの作品にじっくり向き合うことが出来たところが何より良かったと思う。特に、司会の鈴木昇氏の捌(さば)きが見事で、出品された方の作品との出会いや歴史を上手く聞き出して、聴衆を飽きさせなかった。

 また、二日間の巴水作品の展示も良かった。二階のフロアー全体を使って34作品をゆったりと配置することが出来た。私の見るところ、来場された方もじっくりと鑑賞されていた様子だった。
 なお、その展示会の折に配られた『図録・川瀬巴水展』は、巴水の会の有志の方々を中心に数カ月をかけて作り上げたものである。私がその図録作成の責任者でもあるので、いささか口はばったいが、何処に出しても恥ずかしくない立派なものになったと思う。

 普通、芸術関連の展示会図録というと、芸術の専門家がその専門性を生かして書くのが一般的であろう。しかし、今回はそうではなく、学園のある日立市、その地元の方たちが知恵を出し合って作ることが大切だと考えた。それが「ともに生きる」を日頃から掲げる本学園に相応しいあり方だと考えたからだ。結果、それが良かったのだろう。どのページを見ても、巴水への「愛」が溢れている。

 この図録を手にされた方には、そこから学園の歴史と巴水の世界を感じ取っていただければと思う。

 その学園の歴史ということで言えば、巻頭のバットン総長の話には大切なことがたくさん書かれている。一つは、学園の草創期にローガン先生やローヤー先生がその若々しい情熱で幾多の困難を乗り越えて行かれたという話である。
 これは推測でしかないが、その同じ時期に本学園に訪れた巴水は、その情熱の一端に触れたのではないかと思えてならない。第二次世界大戦によって疲弊した国土に新しく芽生えた茨城キリスト教学園、その日米という怨讐を越えた教師たちの繋がりに、巴水も新しい版画制作へ向けての思いを新たにしたに違いない。
全国広しと言えども、巴水が足繁く通い、多くの作品を遺した教育施設は本学園のみである。本学園と巴水の深い関係を感じないわけにはいかない。

 今後とも、学園関係者の皆さんには巴水への関心を持ち続けるとともに、そうした関心をお持ちの地元の皆さんとも、連携を深めて行って欲しいと思う。私も微力ながら、努力を重ねたい。    


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